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安倍一強が小池一強に代わることに何の意味?(17時追記)

今朝の各紙(全国紙と東京新聞)、都議選における小池知事勢力(イエスマン勢力)の圧勝のはなしでもちきりだ。各社社説を一覧するに、都政改革に期待する声は皆無、安倍一強政治への戒めばかりだ。

都議選自民大敗 「安倍1強」の慢心を反省せよ(読売)

都議選、自民大敗 政権のおごりへの審判だ(朝日)

都議選で自民が歴史的惨敗 おごりの代償と自覚せよ(毎日)

安倍自民は歴史的惨敗の意味を考えよ(日経)

小池勢力圧勝 都政改革の期待に応えよ」(産経)

大敗の自民「安倍政治」への怒りだ(東京)

なぜもう一歩踏み込み、小池一強都政を戒めないのか。安倍一強が小池一強にとって代わられるだけでは意味がない。紙面を飾るあの傲慢な顔が、同じく傲慢なこの顔に置き換わるとだけ、「大衆の情緒性を利用した独裁制」、あるいは「独裁者が君臨し、議員はこれに追従する政治的な受禄者に過ぎなくなる」(マックス・ヴェーバー)政治の改革は遠のくばかりだ。

 

 

(追記)

東京新聞は、小池派圧勝に「第一党になった都民ファーストの会の代表は小池氏本人だ。議会が唯々諾々と知事に追従し、チェック機能を失っては元も子もない」、「かつて都政は、知事と議会が癒着したいわば「一元代表制」だった。小池氏支持派が多数を占める議会との間で「二元代表制」は機能するのか。目が離せない」と警戒を隠さない(都民ファースト 風で終わらせぬよう)。

さすが地元紙とは思うが、都民は何故「唯々諾々と知事に追従」するような議員を選んだのか、それが問題だ。リーマンショック後の経済低迷が続く中で生まれた「市民」(とりわけ都市中間層)の英雄待望論が安倍一強政治を生んだとすれば、安倍政権に減滅した「市民」の安倍に代わる英雄待望論が小池翼賛都政を生んだ。目を離せないのは「都政」というより、都民をとらえた英雄待望観ではないか。

このような英雄待望観はどうしたら払拭できるのか。新聞論調もそこにこそ焦点を当てるべきである。自分は英雄を待望しているわけではない?先ずは、なだいなだ著『権威と権力―いうことをきかせる原理・きく原理―』(岩波新書 1974328日)の読書ぐらいから始めますか。

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Author:寿
農業情報研究所(WAPIC)=http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/の所長・所員・小使いを兼務

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