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知ってください 復興音頭の陰の福島の現実(4)

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<原発のない国へ 事故8年の福島> (3)帰農へ歩み 不安の種も 東京新聞 19.3.2

 収穫されたコメを低温貯蔵するカントリーエレベーターや種苗センターが国道6号沿いに完成するなど、本格的なコメ作り再開への環境が整いつつある福島県楢葉町。農地に置かれていた除染土入りの黒い袋は、めっきり減った。東京電力福島第一原発周辺にある中間貯蔵施設への搬出が進んでいるためだ。

 町北部の上繁岡地区で、農家の佐藤充男さん(74)はコメ作り再開のため、仲間五人と「水田復興会」を結成した。昨年は八ヘクタールで作付けをし、今年は二倍以上の十八ヘクタールに増やし、近い将来には五十ヘクタールにまで拡大することを目指している。

 「三年前から徐々に作付けを増やしてきたが、最近では買いたたかれるような風評被害を感じない。譲ってくれと引き合いもかなりあるんだ」と、佐藤さんは語る。「田んぼとして使っていることが大切」と食用米の他、飼料米も大幅に増やす計画で、自宅近くに仲間と共同所有する大型農機の倉庫も建てた。冬の間も準備に余念がない。

 ただ、長い避難の間に農業をやめた人も多く、若い世代はなかなか町に戻ってこない。「俺は農業が好きだし、仲間とワイワイやるのも好きだからやっている。ただし、この先どうなっていくかは、まだ見通せないな」と話した。

 町の同じ地区で、塩井淑樹(よしき)さん(68)は風評被害を見越して、コメから観賞用の花「トルコキキョウ」栽培に切り替えた。三年前から七棟のビニールハウスで試行錯誤を続ける。

 薄い赤紫の花が咲き、出荷を待つハウスもあれば、これから植え付けるハウスもある。「植え付け、出荷を順繰りにしていくから忙しいんだよ。手をかけて形を整えれば、評価も高くなる。自分は見よう見まねでやっているから、まだまだだ。もっとうまくなれば、収入も増えるんだが…」

 需要に素早く応える「産地」として市場で認められるには、仲間の農家が多い方が有利。今は三軒にとどまるものの、イチゴの観光農園から転身した三十九歳の男性もいる。幼い子がいて、二十キロ以上離れたいわき市から車で通って栽培する日々。若い担い手は力を込めて言った。

 「軌道に乗ったとは言えない。話にならないほど収入は減り、これで食べていけるほどではない。原発に依存してきたから、プロの農家は多くはない。でも、生まれ育ったこの地は好きだし、プロとして生き残っていかないと」 (山川剛史)

 

◆農家 再開意向なし45%

 楢葉町など比較的汚染度の低い地域では、農地を深く耕して降った放射能を薄め、他の地域では汚れた表土を5センチほど除去し山砂を加えた。放射性セシウムを吸着する鉱物ゼオライトを土に混ぜたほか、農作物の成長期にカリウムを散布。こうした対策で、農作物へのセシウム移行を防げることも確かめられている。

 福島相双復興官民合同チームが2018年、被災12市町村の農家1429人に実施した調査では、営農を「再開済み」と「再開意向あり」は合わせて40%、一方で「再開意向なし」は45%に上った。

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プロフィール

Author:寿
農業情報研究所(WAPIC)=http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/の所長・所員・小使いを兼務。原発事故で「明るい農業・農村」の夢を失った老い先短い老人です。かつての行動派も病魔のために身体不如意、情報提供と批評に徹します。

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