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伝える 核の悲劇 ハワイ原爆展と第五福竜丸展示館

開戦の地ハワイ 初の原爆展 被爆75年の夏 広島・長崎共同 東京新聞 20.2.9 朝刊26

 広島市と長崎市は、米ハワイ州で初の原爆展をこの夏から開くことを決めた。被爆の実相を伝える写真展示や、被爆者による証言を予定。過去には退役米軍人らからの反発もあった企画だが、七十五年を経てようやく日米開戦の発端となった真珠湾攻撃の地での開催がかなった。

 広島県原爆被害者団体協議会の箕牧智之(みまきとしゆき)理事長代行(77)は「米国では今も原爆投下を正当化する声が根強いと思うが、だからこそ日米にとって忘れてはならない場所で被爆地の実態を見てもらえるのは非常に意義深い」と期待を寄せた。

 広島市などによると、会場は、日本が太平洋戦争の降伏文書に調印し、現在は真珠湾に係留されている米戦艦ミズーリの記念館で、会期は七~九月。その後、ハワイ大ヒロ校でも開く。展示の詳細は未定だが、広島と長崎の原爆資料館が所蔵する被爆資料から選ぶとしている。

 広島市の松井一実市長は「罪のない民まで殺してしまう兵器があってはならないという、被爆地の考えを広く理解してもらうきっかけになれば」と話した。

 広島、長崎両市は被爆五十年の一九九五年に海外での原爆展をスタート。これまでに米国を含む十九カ国の五十一都市で開催されている。

 

<2020年 核廃絶の「期限」>五輪パラ期間・前後第五福竜丸館休館 競技会場すぐそば 東京新聞 20.2.9 朝刊1

 米国によるビキニ環礁水爆実験で一九五四年に被ばくしたマグロ漁船「第五福竜丸」を保存する東京都立第五福竜丸展示館(江東区)が、東京五輪・パラリンピック期間に合わせて休館する。展示館がある夢の島公園はアーチェリー会場となり、警備で園内の通路が封鎖され、展示館に行くのが困難になるためだ。核廃絶に取り組む市民からは、国内外から観戦客らが訪れる絶好の機会に、核兵器による被害の悲惨さを伝えられないことを惜しむ声が上がっている。 (北條香子)

・・・ 戦争と平和の問題を考える連続講座を都内で開いている立川市の元高校教員竹内良男さん(71)は「セキュリティーの問題として片付けていいのか。展示館のすぐ近くが競技会場になるからこそ、開館するべきだ」と求める。・・・

<第五福竜丸> 1947年に和歌山県でカツオ漁船「第七事代(ことしろ)丸」として建造。約140トン、全長約30メートルの木造船。遠洋漁業用のマグロ漁船に改造され、買い取った静岡県焼津市の船主が「第五福竜丸」と名付けた。54年3月1日、操業中にマーシャル諸島ビキニ環礁で米国の水爆実験に遭遇。乗組員23人が被ばくし、半年後に1人が死去。その後も多くの人ががんで亡くなった。船はその後、旧東京水産大の練習船となり、67年に廃船。東京・夢の島の埋め立て地に捨てられていたが、保存を求める声が高まり、76年に開館した展示館に保存されている。

 

<関連>

第五福竜丸、惨禍語り継ぐ 強力さん伊勢で講演(三重) 中日新聞 20.2.9

 米軍の水爆実験で被ばくしたマグロ漁船「第五福竜丸」の改造作業を担当した伊勢市大湊町の強力造船所(現ゴーリキ)の現会長、強力修さん(69)が七日、伊勢市のシンフォニアテクノロジー響ホール伊勢で講演した。

 強力さんは、改造作業を担った同社創業者の善次さんの孫。第五福竜丸が被ばくした経緯や、乗組員らが受けた被害などについて説明した。改造するために大湊にえい航されてきた船の「福竜」の文字を布で隠しながら作業をしたことや、被ばくを恐れた周囲の住民らが会社の門に「作業中止を」「放射能怖い」などのビラを貼り、社員の銭湯の利用を断られたことなど、当時を鮮明に知る関係者から伝え聞いた話を語った。

 強力さんは、五年ほど前から県内外の小中学校などで、語り部として活動している。伝え続けることについて「ゴーリキの三代目として、大湊の歴史を語り継ぐ立場。人を殺すような兵器には反対だということを第五福竜丸を通して訴えたい」と述べた。

 講演は、国内の非核宣言自治体で構成される「日本非核宣言自治体協議会」が主催する研修会の一環。

「第五福竜丸」被ばくの悲劇伝える石碑「マグロ塚」 築地に移転を 元乗組員ら、あす千代田で集会 東京新聞 19.7.27


 南太平洋ビキニ環礁で一九五四年、米国の水爆実験により被ばくした漁船「第五福竜丸」が、築地市場(中央区)に入荷したマグロは「原爆マグロ」と呼ばれた。この被ばくの悲劇を伝える石碑「マグロ塚」を、市場跡地に移そうと活動する元乗組員らが二十八日、千代田区内で集会を開く。

 集会は「築地にマグロ塚を作る会」(大石又七代表)の主催。水爆実験では第五福竜丸をはじめ、操業中の漁船約千隻と乗組員が被ばくしたとされる。マグロなど持ち帰った魚類計約五百トンが廃棄され、一部は築地市場に埋められた。

 元乗組員の大石さんらは「教訓を忘れず、核兵器や放射能の怖さ、平和の尊さを広く訴えたい」と一九九七年から署名活動を展開。講演先などで十円募金を行って約三百万円を集め、石碑を作った。ただ、当時築地市場は移転問題で揺れており、石碑は現在も「都立第五福竜丸展示館」(江東区)のそばに仮置きされたまま。同会は市場跡地の一角に設置を求めている。

第五福竜丸のアニメ 米の大学で教材に 「若い世代が知るきっかけに」 毎日新聞 19.7.3

 太平洋ビキニ環礁の米核実験で被ばくした静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」のドキュメンタリーアニメ映画が、今夏から米国の大学で教材として使われる。製作した米国人のキース・レイミンク監督(40)は「アメリカではほとんど知られていない戦後の核実験の被害を、若い世代が知るきっかけにしたい」として、今後も米国内で使ってもらえるよう働きかける。

 操業していた第五福竜丸の西側で実験が行われたことから、映画のタイトルは「西から昇った太陽」(Day of the Western Sunrise)。惨事をイラストやコンピューターグラフィックス(CG)で紙芝居風に表現し、その後の乗組員の苦悩や葛藤も描き出している。約4年かけ、75分間の作品にした。

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Author:寿
農業情報研究所(WAPIC)=http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/の所長・所員・小使いを兼務。原発事故で「明るい農業・農村」の夢を失った老い先短い老人です。かつての行動派も病魔のために身体不如意、情報提供と批評に徹します。

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