記事一覧

立民「原発ゼロ基本法案」 原発事故より核のごみにもっと目を向けるべき

 全原発を速やかに廃止するとの「原発ゼロ基本法案」を策定中の立憲民主党が法案の理念に当たる「前文」をインターネットを活用し市民とともに作成する試みを進めているそうである。党側は書き込みの採用可否を判断しながら前文案を更新していくという(原発ゼロ法案 ネット活用立民、前文を市民と作る 東京新聞 18.1.15)。結構なことである。

 ところで、このようにして作成された2018114日版の原発ゼロ基本法案前文(素案)は、「平成23 311 日に発生した、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故、それは、私たちが選んできた過去と思い描いていた未来に根源的な疑問を突き付け、私たちが信じてきた価値観、社会の在りよう自体を深く問い直さなければならなくなった。特に、東京電力福島第一原子力発電所事故は、これまでのエネルギー社会の在り方に大きな疑問を投げ掛け、その抜本的な変革が求められることとなった」で始まる。

 強調されるのは、稼動している原発に「シビア・アクシデント」が起きた場合の「人とその生活や生態系」に対する「計り知れない悪影響」である。

  「原子力発電所で重大事故が発生すれば、国民の生命および生活に回復不可能な影響を与えると同時に、広範な放射能汚染等の容易に除去することの出来ない被害をもたらし国土を毀損する。幾多の人々が故郷を追われ、働く場を失い、家族を引き裂かれるのみならず、周辺地域や国民経済、生態系に与える甚大な被害や人々の不安と恐怖」をもたらす。

 もっともである。しかし、このような原発事故がもたらす破局的影響の強調で、「世界一厳しい規制基準」を満たすと認められた「安全な」原発の再稼動を次々許容する現中央・地方政府に対抗できるのだろうか。「この新規制基準は原子力施設の設置や運転等の可否を判断するためのものです。しかし、これを満たすことによって絶対的な安全性が確保できるわけではありません」(新規制基準について)という原子力規制委員会の言い訳も、政府の行動の歯止めとなっていない。“危険だ”、“安全だ”の水掛け論が永遠に(シビア・アクシデントが起きるまで)続くことになるだろう。

 

 前文素案が末尾になって、申し訳にように持ち出すのが、「事故が発生しなくても、いまだに放射性廃棄物の最終処理の道筋が確立しておらず、仮に確立できたとしても、十万年以上の長い管理が必要とされる」という永遠の真理である。これこそ、もっと前面に押し出すべきだろう。

 「原発が生み出す行き場のない放射性廃棄物と東京電力福島第一原子力発電所事故は、これまでのエネルギー社会の在り方に大きな疑問を投げ掛けている」と。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:寿
農業情報研究所(WAPIC)=http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/の所長・所員・小使いを兼務。原発事故で「明るい農業・農村」の夢を失った老い先短い老人です。

フリーエリア

フリーエリア

フリーエリア