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原発事故避難者いじめ 「放射線教育」ではない 他者を思い遣る心を育てる「人権教育」こそ必要だ

 福島県から新潟県に自主避難中の公立中学1年(当時)の女子生徒が2016年、同級生から「菌」と呼ばれるいじめを受けた問題で、生徒の通う自治体の教育委員会が設けた第三者委員会が29日、調査報告書をまとめた。

 原発避難 「人間なのに」中1訴え 新潟で深刻ないじめ 毎日新聞 18.1.29

 この報道によると、女子生徒は小学3年の転入直後から同級生から「けがれる」「キモイ」などの言葉を浴び、一時不登校になった。復帰後の6年時もいじめはおさまらず、同級生が女子生徒の妹(当時小学3年)にエアガンを発砲。まもなく女子生徒は適応障害の診断を受けた。

 両親らの再三の訴えで、進学先の中学校に再発防止に向けた引き継ぎがなされたものの、進学後も「友達が急によそよそしくなった」と被害の訴えは続いた。担任は関係生徒を指導したが、女子生徒には「気のせいではないか」と話すこともあった。

 女子生徒は中1の7月ごろ「人間なのに」と題する作文を学校側に提出。「中学校でもいじめは続いています」と訴えたが、担当教諭は「見落とした」と釈明している。1年の2学期までには、名前などに「菌」という言葉をつけ、鬼ごっこが行われた。その後も同級生による無視などが続き、3学期には登校できなくなった。

 ここから浮かび上がるのは、放射線被ばくは福島県だけ起きている特異現象であるとか、「放射線は移る」とか思い込んでいる「教職員や児童」の、放射線に関する無知とか誤解というより、普段見慣れぬ他に寄る辺もない外来の新参者(大抵は社会的弱者)に好奇の目を注ぎ、ときに排除し・差別し・いじめ倒す古くからの日本人の社会的心性ではなかろうか。

 私も小学生時代、自殺も思い立ったいじめられっ子だった。戦時中、父親は徴用されて九州小倉の軍需工場で働いていた。戦争が終わり、ちょうど1年生になるときに、父が生まれた信州の村に引き揚げた。当時の村の子どもたちは、学校に行くときにも未だ着物姿だった。そこに、夏には半ズボンでやってくる風変りな奴がやってきた。同年の隣家の息子はガキ大将、半ズボンの裾から覗き込み、事あるごとにからかい、その執拗さに怒ると、みんなで”怒った、怒った」と囃し立て、挙句、クラスで一番大きな男の子をけしかけて私を組み伏せる。田舎教師は、それを見てもても決して「いじめ」とは受けとめなかった。むしろ、そんなことで怒る短気なお前の方が悪いと怒られる始末だった(青森中学生いじめ自殺調査 原因は多様と迷宮入り?米国のミツバチ大量死調査と同然だ,17.8.28)。

 各地から報道された福島からの避難者の子どもに対するいじめ(参照:農業情報研究所:原発事故関係内外報道集2016避難)の問題に対処すべく、政府は、「日常生活で放射線被ばくはゼロにはできない」「放射線はうつらない」など、教職員や児童、生徒に対する放射線教育の充実を図るそうである(農業情報研究所:福島の空間放射線量 全国・海外主要都市と同水準 人を欺く政府風評払拭「戦略」 171213日)。しかし、避難者いじめの根絶のためには、他者、とりわけ社会的弱者を思い遣る心を育てる教育の充実の方が先決だ。だが、年間1ミリシーベルトを上回る量の放射能に汚染された地域が多くの残る福島への帰還を住宅支援打ち切りなどにより「強制」するような政府を戴く国に、そんなことは可能だろうか。国民だけではない、政治指導者自身に対する人権教育が必要だ国連人権理事会の対日人権審査で、福島原発事故被害者の人権問題に懸念 ーー日本政府は勧告の受け入れを グリーンピース 17.11,14

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プロフィール

Author:寿
農業情報研究所(WAPIC)=http://www.juno.dti.ne.jp/~tkitaba/の所長・所員・小使いを兼務。原発事故で「明るい農業・農村」の夢を失った老い先短い老人です。

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